幻城之館

事件から一年を迎えるに当たって

昨日のことのように思い出せるのですが、あの事件から一年が経とうとしています。
私は当時、本当にただの小市民的管理人で、掲示板に何ヶ月も書き込みがない、拍手も滅多にない、というサイトでのんびりと絵を発表し小説を発表して、たまに貰えたコメントには過剰に嬉しがって何度も読み返すという人間でした。
勿論今でもそれは変わっていないのですが、当時は、「始めに」とかで色々書いてるけど、どうせ、自分の絵なんて…という気持ちが強かったように思います。
転載被害だの、サイトパクり問題だの、知ってはいるが所詮は他人事で、大手さんは大変だなぁ、という気持ちが強かったように思います。(時には、一度くらい転載されないものかしら、なんて考えたりもしていました。馬鹿でした。)

そんな私だったから、拍手でコメントを貰ったあの日、本当に何が書いてあるか判断できなかったのです。
「転載されていますよhttp://……」
という文字を見て、「???」と頭の中にハテナマークが点灯したようなあの感じ。そして、まさか…と思いながら見に行った相手サイトに飾ってある紛れもない私の絵を見たときの衝撃。「うそぉーーーーー!!!」と叫びながらガンガンとディスプレイを叩いたことも記憶にあります。
そのとき丁度MSNメッセで話していたひさかさん(友人)に、慌ててこの事を報告しました。そしてひさかさんに相談に乗って貰いながら、画像を差し替えて、相手の掲示板に書き込みをして、メールをして…。そしてそのどれからも、私の求めるような結果は返ってきませんでした。

私が一番ショックだったのは、イラストを転載されたこともそうですが、タグがそのまま相手のブログに取り込まれて掲載されていたことでした。テーブルで分割された画像は転載されないと聞いていたので、「なんで?!」とソースを開いてみて、見覚えのあるタグがあった時の衝撃。
「これ私が打ったやつだよ!」とひさかさんに叫んだのを覚えています。
私は、サイトを作る時には全てメモ帳とブラウザで、タグを手打ちして作っています。タグも、自分でネットを検索して見つけたサイトさんを見て覚えました。そのサイトさんの影響でタグは基本的に大文字なので、自分の打ったタグは、小文字ばかりのブログのソースの中でひときわ浮き上がって見えたのです。

加害者のブログには、他にも多くのイラストが全て直リンクで掲載されていました。見るにDGのキャラの中でリナリーだけがなかったので、私のイラストはリナリーを掲載するために掲載されたものだったのかもしれません。(実際に、アクセスログの中に「リナリー」で直接画像を掲載しているページを検索されたような痕跡が残っていました)
ここからも分かるように、加害者側の思惑は明らかで、ネットで見つけたイラストを自分のブログに載せて、コレクションする、或いは賞賛の言葉を貰うのが目的だったようです。

私を含めて数人の方が掲示板への書き込みをしていましたが、正直腹の立つ回答しか戻ってこず、メールで問い合わせた時には殊勝な返事が返ってきたものの、そんなことで私の気分は収まりませんでした。
当時の日記にも書いてありますが、本当に、本人に私の足下へやって来て貰って土下座でもしてほしいような気分だったのです。
当然それが叶うはずもなく、加害者のプロフィールにあった県名を見て、そう遠いわけでもなし、行って直接本人に会ってやろうか、と思ったことも一度や二度ではありませんでした。当時ニュースで、子供の頭を包丁で刺したとかいう事件があったように思いますが、犯人の気持ちもわかる、ととんでもないことを考えたりもしていました。
そんなことを友人に喋っては驚かれ慰められ励まされて、一時はコレ鬱病ではあるまいかと思うほど(どうもそこまでは行かなかったようですが)に落ち込んだのですが、なんとか浮上してこられました。しかし結局ネット出不精になってしまい、自分のサイトもたまに見るだけになり、ここ半年ほどは「幻城」を見てすらいませんでした。

二次創作サイトである「幻城」からこれほどまでに離れてしまったのは理由があり、著作権法では同人イラストなどは保護されないと知ったからです。
同人が著作権法違反ということは知っていたのですが、著作権法違反のモノ=著作権法で保護されない、という当然のことに気付いたのはこの事件の後でした。
こうやって転載された時に、「私のものだ」と大声で叫ぶことも許されない物を、原作者の意向に反してまで作り続けることの意味が、わからなくなってしまったからです。
特に著作権に厳しいサンデー系の二次創作をしていたので、痛手は相当でした。
もう、「みんなやってるから」とは思えなくなってしまったのです。

同時に、「人気ジャンル」への強い忌避感も抱くようになりました。
つまり、DGなんか描いたから転載されたんだ、という思いです。
WJのジャンルなんか好きになったから、メジャーなジャンルなんか扱ったからこんなことになったんだと(厚顔無恥にも)思うようになって、結果、DGに対する以前のような気持ちがさっぱり消えてしまいました。コミックスも四巻以降全く買っておらず、一時は中古への売却も検討したほどでした。

もう、二次創作なんてやめてしまおう、全部消してしまおう、と泣きながら(本当に泣きました)決断したこともありました。
しかし過去に自分が心を注ぎ込んで作ったものというのは消すのにはしのびないもので、結局行動しきれず、DGのみを消して終わりました。一時は、全く絵を描かない時期もあったと思います。

結局、学校や色々なところで色んなものを見て、時々自分の絵を褒めて貰ったり、好きな漫画について語ってみたりして、やっぱり続けようかな、と思えるようになりました。
男性向けゲームをやってみたりして、「同人許可」の企業があることも知り、だんだん二次創作に肯定的な気持ちを持てるようになったこともあると思います。

二次創作とは結局、私にとって「これが好きだ!」という気持ちを表すための手段です。これがどうしても好き、この気持ちを形にして表したい、と思ったとき、その行動が絵を描く、小説を書く、といった行為に結びつきます。
例えサイトへの訪問者が居なくても、絵を描いて、それを公開している、というだけで、それなりの満足に浸ることができるのです。(もちろん、感想を貰えればなおのこと嬉しいですが)
そして、そんな「私の気持ちを表すため」の絵や小説は、他人の元にあるべきものではありません。それは、私の気持ちだからです。誰よりも私にとって価値のあるもので、私のものだ、という主張がなされてこそ、存在価値のあるものだからです。
私はあの絵を描いたときも、「リナリー可愛いよすごく好きだよ、頑張って可愛く描こう、綺麗に塗ろう」と思いながら描いて、塗っていました。そして、誰か共感してくれないかな、と思いながらテキストを添えて、サイトにupしました。だからあの絵の目的は、私の「リナリー大好きだ!」という思いを代弁するためのものであって、だからこそ、私の手元になくてはならなかったのです。

私は今でも、加害者である「彼女」への思いを薄れさせてはいません。
おそらく、私が絵を描き、創作活動を続け、ネットでサイトを運営している限り、彼女と、彼女に味わされた気持ちは忘れないのだと思います。

しかし今、ここで、この思いに一区切りつけたいと思います。
これをきっかけに、私がどのようにこれからネットで創作活動を行っていくのか。
それをゆっくり考えながら、これからも広大なネット社会の片隅で、人気のない小さなサイトの管理人として生存していこうと思っています。

2006/02/06 夢幻光月

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